【勝手に考察】『青春病』by藤井風

勝手に考察🔍️藤井風シリーズ、第3弾でございます。

(前回『旅路』、前々回『帰ろう』もご一緒にどうぞ)

今回は『青春病』です!


この曲は、風さんが地元の学校を通りかかった時


♪青春はどどめ色~


とメロディーと歌詞が降ってきたそうです(そっち系男子)。


私はこの曲を

「青春時代にとらわれず、今を生きよ的な歌かなぁ~」

と思っていたのですが、先日聴きながらふと


「もしかしてこれは、解脱ソングなのでは?」


と、妄想が炸裂しましたので、今回も好き勝手書いてみたいと思います。


まずはこの、最高にエモエモなMVをどうぞ❤️



キュンキュンしていただいたところで、全くキュンのキュの字もない考察を始めます。


今回も完全に私の独断と偏見に満ち溢れてますので、何卒、仏のような広い心で受け止めていただけたら幸いです🙏


青春病

作曲:藤井風

作詞︰藤井風


 青春の病に侵され

 儚いものばかり求めて

 いつの日か粉になって散るだけ

 青春はどどめ色

 青春にサヨナラを


Wikipediaいわく

 

【青春】

季節の「春」を示す言葉である。

転じて、生涯において若く元気な時代、主に青年時代を指す言葉として用いられる。

 

【どどめ色】

その名前は知られているが正確な定義のない色。

方言では桑の実、また青ざめた唇の色や、打撲などによる青アザの表現に用いられ、赤紫から青紫、黒紫を指す。

(また、一部地域では性器の隠語として用いられる場合もあるそうです)

 

この曲の中でいう『青春』とは、上記の意味である青春と


『欲(煩悩・エゴ)にふりまわされて生きる生き方』


のダブルミーニングなのでは?と感じております。


私たちは日々欲に侵され、死ぬときには決して持ち帰れないもの(物質や評価や富など)ばかりを求めて生きてしまいがちです。

そのような、正確な定義のない「どどめ色」のように不確かな生き方からは、いい加減サヨナラしよう、というメッセージ(かもしれません)。


 ヤメた あんなことあの日でもうヤメた

 と思ってた でも違った

 僕は 自分が思うほど強くはなかった

 ムリだ 絶ち切ってしまうなんてムリだ

 と思ってた でも違った

 僕は 自分が思うほど弱くはなかった


私たちは日々

「こんなことはもうやめる!」

と決めてもすぐ元通りになってしまったり

「絶対ムリ」

と思っていたことを、すんなりやめられたりすること、ありますよね。

自分とは自分が思っているより強くなく、思っているより弱くないのかも。


 君の声が 君の声が

 頭かすめては焦る

 こんなままじゃ こんなままじゃ

 僕はここで息絶える


この声の主である君は、風さんのハイヤーセルフやガイドさん達なのでは?と勝手に思っているのですが、今の自分のままでは、君の導く場所へ到達することなく、この場所で息絶えてしまうという焦り。


 止まることなく走り続けてきた

 本当はそんな風に思いたいだけだった

 ちょっと進んでまたちょっと下がっては

 気付けばもう暗い空


国内外問わず活躍できるアーティストになることを夢見ながら、岡山でYouTube動画をあげ続けていた風さん。

気づいたらあっという間に空が暗くなるほど夢中に走り続けながらも、日々葛藤や焦りを感じていたのだろうかと、当時の心情に想いを馳せてしまいます。


 そうか 結局は皆つながってるから

 寂しいよね 苦しいよね

 なんて 自分をなだめてるヒマなんて無かった


私たちは皆つながっていて、決してひとりではなく常に愛された存在(ワンネス)。

寂しいとか苦しいと感じていたのは、それを分かっていなかったから。

せっかくの有限な命を、愛やポジティブなエネルギーを伝えていくことに使おう、という気づき。


 君の声が 君の声が

 僕の中で叫び出す

 耳すませば 耳すませば

 何もかもがよみがえる


この声の主である君とは、風さんの前世かもしれないし、耳をすましてよみがえってきたのは、その記憶とか、今世の目的みたいなことなのかもしれません。


 止まることなく走り続けてゆけ

 何かが僕にいつでも急かすけど

 どこへ向かって走り続けんだっけ

 気付けばまた明ける空


気づいたら夜が明けてしまうほど夢中で走り続けているけど、時にどこに向かっているかわからなくなってくる。

この急かす何かは、やっぱり風さんのハイヤーセルフやガイドさん達かな、と思っているのですが…あれかな、風さんのサポートの方々は、だいぶスパルタ系なのかな (笑)?


 無常の水面が波立てば

 ため息混じりの朝焼けが

 いつかは消えゆく身であれば

 こだわらせるな罰当たりが


この世は無常(一切のものは、生じたり変化したり滅したりして、一定のままではない)だと理解しながらも、その水面が波立つと心が乱れる。

花が咲いて散るように、この身もいつかは消えゆくのだから「私」というものにこだわる(執着する)のは、罰当たりだという自分への叱責。

 

 切れど切れど纏わりつく泥の渦に生きてる

 この体は先も見えぬ熱を持て余してる

 野ざらしにされた場所でただ漂う獣に

 心奪われたことなど一度たりと無いのに


「泥の渦」=自我欲や煩悩との戦い?

先は見えないけれど、体の内側から持て余すほどの「何か」を求める熱を感じる。


「野ざらしにされた場所」=欲に満ちた世界?

仏教では、生前の業の結果として輪廻転生する世界が分かれると言われます。

そして欲望にとらわれた生き方をした衆生が生きる世界を欲界といいます(地獄道や餓鬼道なども含む)。

今生を終えた後、そのような欲に満ちた荒れた世界を漂う獣になどなりたくないのに、まだ泥の渦から抜け出せずにいる自分。

 

 青春のきらめきの中に

 永遠の光を見ないで

 いつの日か粉になって知るだけ

 青春の儚さを…


「永遠の光」とは、愛であったり、神(宇宙創造主)であったり、真実・真(まこと)であったり、という意味かなぁと捉えています(『旅路』でも「永遠なる光」として出てきますね)。


「青春のきらめき」=欲による喜びや楽しさは一瞬のもの。

その儚さは肉体を脱いだ後知ることになる。

だから欲にふりまわされる生き方をやめ、真の道、永遠の光の道(悟り、目醒め)を進もう、というメッセージ。



………って考えすぎ(笑)??


そして毎度のことながら、風さん、絶対こんなこと考えて歌詞書いてないと思う(笑)


では

「もしかしてだけど解脱ソングだったりするんじゃないの~?」

という気持ちで、MVおかわりしてみてください~😘



【勝手に考察】『旅路』by藤井風

三度の飯より(藤井)風さんが好き、な私です(でも三度の飯も好き)。

本日は、前回の『帰ろう』に続き、先日リリースされた新曲『旅路』について「宇宙的視点から歌詞を勝手に考察してみよう♥」のコーナー?です。


今回も200%私の独断と偏見による、考察と妄想と感想です。

何卒、生あたたかい目でお見守りいただけますと幸いですm(__)m


まずは風さんの地元で撮影されたという、こちらのキュンキュンなMVをどうぞ♥



『旅路』 作詞:藤井風    作曲:藤井風



 あの日のことは 忘れてね


 幼すぎて 知らなかった


 恥ずかしくて 消えたいけど


 もう大丈夫 旅路は続く




◎『帰ろう』でも「忘れる」という歌詞が何度かでてきますが

風さんの歌詞の中の「忘れる」は【記憶をなくす】という意味以外にも

【 赦す、執着せず流す 】

といった意味合いが含まれているように感じます


◎旅路=人生であり、魂の永遠の学びかなぁ?





 あの日のことは 忘れるね


 みんなだって 彷徨っていた


 この宇宙が 教室なら


 隣同士 学びは続く



◎私たちは決してひとりではなく、ましてや敵なんかではなく

この宇宙という教室で一緒に学んでいる友達、仲間であるということ


だからこそ、互いに分かろうとし合って、赦し合って

共に仲間として、旅路を歩んでいこうね


…もうね、真理

 果てしないと思えても


 いつか終わりがくると


 知らなかった


 昨日までより


 優しくなれる気がした◎「いつか必ず迎える肉体の終わり」




に気づいたとき、いろんなことに優しくなれる

 あーあ


 僕らはまだ先の長い旅の中で


 誰かを愛したり 忘れたり


 色々あるけど


 あーあ


 いつの間にかこの日さえも懐かしんで


 全てを笑うだろう


 全てを愛すだろう



◎例えば旅先で起こった出来事って、後で思い返すと笑い話やいい思い出になったりするように

私たちの人生という旅路で起こるいろんな出来事も、最期が近づいてくれば

全てを笑えたり、愛おしく感じるのかもしれません

 お元気ですか


 この町は相変わらず青春です


 誰もがみな走ってます


 まだ見えない旅路の先へ お元気ですか


 僕たちはいつになれど少年です


 心の奥底ではいつも


 永遠を求めています





◎この「お元気ですか」は、故郷の方かもしれないし

宇宙の家族や神様(源とか宇宙創造主とか言いかえても◎)に宛てているとしたら?

と考えてみるのも、また一興です 笑


◎「永遠を求めています」

個人的には「永遠=変わらないもの、確かなもの」なのかなぁなんて思いました



(それは神様だったり、愛だったり、真理だったりするのかもしれません)



 果てしないと思ってた


 ものがここには無いけど


 目にしてきた


 手に触れてきた


 全てに意味はあるから





◎「果てしないと思ってた」自分の最期がもうすぐそばに来ていると分かった時や

「追いかけ続けてきた何か」が手に入らないと分かった時

この歌詞に救われる気がします

 あーあ


 僕らはまだ先の長い旅の中で


 何かを愛したり 忘れたり


 色々あるけど



 あーあ


 これからまた色んな愛を受けとって


 あなたに返すだろう


 永遠なる光のなか


 全てを愛すだろう




◎私たちの魂は本来光であり、本来はみんな繋がった宇宙の愛のエネルギーそのもの(ワンネス)

私たちは肉体をもって様々な愛を学び、そしてまた光に戻り

あなた(源・神様)にその経験を返していくことで宇宙がまたさらに進化拡大していく

永遠なる光=ワンネスの中でまた全てを愛していく


***

とか言って、ぜんっぜん見当違いだったらすんません(*´з`)

これ、たぶん初めて私のブログ読んだ方は意味不明ですね…笑



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

では、もう一度『旅路』MV、観てきてくださーい(ずっずさんの真似)!



※何かしら参考になるかもしれない動画※

⭐愛と赦し~自分も人も赦し、受け入れていく方法~⭐


⭐魂は永遠&肉体の死について⭐


⭐この世は幻想とはどういう意味?&マグダラのマリアについて⭐


【勝手に考察】『帰ろう』by藤井風

今日、私の心の恋人(笑)、藤井風さんの『帰ろう』を聴いていて

「私が最近やっと気づいてYouTubeで話してるようなこと、もう全部歌ってるやん」

と、あらためて思いました(何百回も聴いているのに)。

風さん的にはだいぶ迷惑でしょうが(笑)、私の独断と偏見による、宇宙的視点からみた『帰ろう』の歌詞を勝手に考察してみます♥



『帰ろう』作詞:藤井風    作曲:藤井風


 あなたは夕日に溶けて


 わたしは夜明に消えて


 もう二度と 交わらないのなら


 それが運命だね


 あなたは灯ともして


 わたしは光もとめて


 怖くはない 失うものなどない


 最初から何も持ってない


太陽と月

陽と陰


宇宙的な視点で見ると男性性:陽、女性性:陰

私たちは本当の自分自身に還った時、魂の伴侶(本来はひとつであった存在)に出会うと言われます

そして共に生きることで、一人では成し得ない神の仕事ができる、と

しかし、再び出会うためには、互いが真の愛の実践者であること、愛そのものとして生きている状態が不可欠なようです

「もう二度と 交わらないのならそれが運命」だけど「最初から何も持ってない」んだから、傷つくこと、失うことを恐れず、愛の実践者として生き、出会えることを祈っている


 それじゃ それじゃ またね


 少年の瞳は汚れ


 5時の鐘は鳴り響けど もう聞こえない


 それじゃ それじゃ まるで


 全部 終わったみたいだね


 大間違い 先は長い 忘れないから



私たちは本来、大いなる存在と繋がった純粋な光であり愛の子であるけれど

地球で生きる中で私利私欲や自我欲にまみれ、穢れてしまい

宇宙からのメッセージや警鐘音も聞こえなくなってしまう


肉体を脱ぐとき、全部終わったような気でいるけれど、それは大間違いで、魂は永遠であるということ

そして今世で出会えた多くの人とは、宇宙では別々の星に帰っていく

互いに先は長いけど、今世で出会えたこと、学ばせてもらったことは忘れないよ、と感謝して別れる


 ああ 全て忘れて帰ろう


 ああ 全て流して帰ろう


 あの傷は仏けど この渇き癒えねど


 もうどうでもいいの 吹き飛ばそう


 さわやかな風と帰ろう


 やさしく降る雨と帰ろう


 憎みあいの果てに何が生まれるの


 わたし、わたしが先に 忘れよう



今世で経験したすべての出来事に、様々な感情に、肉体に執着せず

全て忘れ、全て流し、心地よい気持ちで宇宙に帰るということ

 あなたは弱音を吐いて


 わたしは未練こぼして


 最後くらい 神様でいさせて


 だって これじゃ人間だ



本来は皆、神の子であり、永遠の魂だけれど

地球にいる時は人間だから、肉体的な別れにおいて、弱音を吐いたり、未練をこぼしたくもなりますよね

 わたしのいない世界を


 上から眺めていても


 何一つ 変わらず回るから


 少し背中が軽くなった




生きている時は「〇〇のために」とか「自分が~しなければ」と、何かに縛られて生きてしまいがちです

実際自分がいなくなった後、何一つ 変わらず回るのは少し寂しいかもしれないけれど、地上に残すことが心配な存在達でさえも、本当は皆それだけパワフルで力があり、逞しいということ


 それじゃ それじゃ またね


 国道沿い前で別れ


 続く町の喧騒 後目に一人行く


 ください ください ばっかで


 何も あげられなかったね


 生きてきた 意味なんか 分からないまま



 ああ 全て与えて帰ろう


 ああ 何も持たずに帰ろう


 与えられるものこそ 与えられたもの


 ありがとう、って胸をはろう



自分は「最初から何も持っていない」から

自分が与えられるもの=神様や、これまで出会ったたくさんの人、たくさんの命が与えてくれたもの

であるならば、次から次に欲しがったり、抱え込むのではなく


与えてもらったものに感謝し、胸をはり、誇りをもって、自らも与えていく

そして快く循環させていく



 待ってるからさ、もう帰ろう


 幸せ絶えぬ場所、帰ろう


 去り際の時に 何が持っていけるの


 一つ一つ 荷物 手放そう


 憎み合いの果てに何が生まれるの


 わたし、わたしが先に 忘れよう




宇宙は愛のエネルギーに満ちた、幸せ絶えぬ場所

あっちの世界にも、自分を愛するたくさんの魂が待っててくれている


肉体を脱ぐときに持っていけるものは魂の経験だけ

だからこそ、荷物(様々な信じ込みや、ネガティブな思い、執着等)を手放し、憎み合うのではなく、自分が先に赦し、忘れていくこと



 あぁ今日からどう生きてこう


私はこの曲を自分の葬式で流してもらう時(予約済)


「たしかにこの人は、こんな生き方をしてたね」


と思ってもらえるような生き方をしたいと思います!!



好き勝手書きましたが、風さん、別にこんなこと思って歌詞書いてないと思う(笑)



読んでくださり、ありがとうございました🙏



※過去にも勝手に書いた記事※



※何かしら参考になるかもしれない動画※






【YouTube】日本人の潜在的なスピリチュアルなパワー(ライトランゲージ)

YouTube、更新しました💫


本日は『日本人の潜在的なスピリチュアルなパワー』というテーマで、チャネリングしながらきいてみました。


何かしらご参考になれば🙏



自分と一致して生きることが価値になる。タモリさん&藤井風さんについて

今回は宇宙に聞いた「これからの生き方」についてお話してみました!


自分と一致して、その人本来の魅力を発揮し、ケチらず与えて生きていたら、自然と様々なものがプレゼントされる(らしい)というお話です。




1、自分と一致して生きること=幸せに与える生き方


自分に一致して、幸せに、自分の魅力をケチらず与えて生きている人からは、ものすご~く高い&強烈な波動が出るため、その波動が人を惹きつけて、その人が好きな人、関わりたい!という人を増やす、そうです。

(BUT!与えることをケチると波動が弱くなる)


そのため、これからは既存のノウハウなどより「宇宙と繋がり、宇宙を信頼して、いいものを無償の愛で与えて与えて与えまくる」ことが重要だそう。


そうしていれば、ある沸点を超えると予期せぬところからプレゼント(お金や仕事、人との縁など)がやってくるので、とにかく結果に執着したり、不安に苛まれることなく、愛をもって過ごすことが重要!だそうです。

2、私的「自分に一致している」と感じる方


◆タモリさん

よく考えたらタモリさんて不思議じゃないですか…?

タモリ俱楽部もブラタモリも、だいぶ好き勝手に(笑)マニアックな趣味を番組にしちゃってるし、風貌も結構アナーキーで(特にデビュー当初)誰にも似ていない。。

タモリさんが画面に映ると、楽しそうで、優しく安心できる波動に、ついつい引き込まれ見入ってしまいます。


◆藤井風さん

ハートの感覚にまっすぐに、常に愛をもって、良い波動で発信しようとしてくださっている(気がする)姿勢。

「高い&強烈な波動が人を惹きつける」お手本のように感じています。

私自身、風さんを知って「自分を包み隠さず発信していこう!」と腹が決まりました。

たくさんの方に愛され過ぎて消耗してしまわないかやや心配ですが、本当に学ぶことばかりで大変お慕い&尊敬しております。